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月は、出たと思つたら

廉太  月は、出たと思つたら、すぐにかくれてしまふのです。月がかくれてゐる間、みんな黙つてゐました。
京作  なるほど……。
廉太  僕は森の中にはいりました。どうしたものか、そこには、人がゐない。多分あんまり暗すぎるからでせう。(間)と、だしぬけに、女の泣声が聞えるんです。
京作  (大きく首肯いて)わかりました。


(此の間、文六は、眼をつぶつたり開けたり、耳を掻いたり、鼻をほぢくつたり、時によるとまた、廉太の云ふことよりも、何処かほかで、誰か別の人間が喋舌つてゐるのを聞き入るやうに、首を傾け、眼を細くし、唇をゆがめなどする。)


廉太  僕たちは、死といふことを忘れました。ねえ、お園ちやん。


(お園、軽くうなづく)


京作  僕達も、さうです。ねえ、おちかさん。


(おちか、大きくうなづく)


文六  (うなづく)オイチ、ニイ……オイチ、ニイ……。
京作  それで、たうとう、公園の森の中で夜を明かしたのですか。
廉太  それからが面白いんです。何時の間にか、空がからりと晴れて、春のやうに暖かい風が、そよ/\と吹いて来ました。はじめのうちは、一とこ二とこ、三とこ四とこ、さういふ風に聞えてゐた歌が、だん/\、声の数が殖え、起る場所が拡がつて、しまひには、公園全体が、合唱団のやうになつた。すると、今迄、黒く低く、塊のやうに動かなかつた人影が、一斉に起ち上り、コオラスに合せて踊り出したのです。(こゝから、彼は、手真似身振りを交へ、殆ど我れを忘れたる有様となる)まあ、想像して御覧なさい。芝生の上、池のほとり、グラウンドの中、橋の袂、並樹の蔭、そこは、今まで、われわれが見たこともない地上の楽園です。一組が、くるりと廻る。その度ごとに、交る交る、男と女の顔がぱつと明るくなるのです。風に翻る袖、ほどけかゝつた肩掛、それが、木の葉のやうに光ります。僕たちも、森の中から飛び出して、一緒に踊りました。
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