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この安藤といふのは

この安藤といふのは、中学時代の仲間で、ある私立大学の文科を出て、この附近の女学校の教師をしてゐるのであるが、この夏前、ひよつこり幾島を訪ねて来て、
「僕の家内の友達で女高師を出た才媛がゐるんだがね、これがどういふわけか知らんけれども、君のことをよく識つてゐてね、家内になんとかして会はせてくれと云ふんださうだよ。会つてどうするのかと訊くと、はつきりしたもんだ、よかつたらお嫁に貰つてもらふと、かうなんださうだ。家内が笑ひながら、僕にどうしませうと云ふからね、それや、あの女なら幾島はことによつたら気に入るかも知れんよといふわけで、早速やつて来たんだがね、君はむろんまだ独りだらう?」
 といふ藪から棒の話であつた。
 当時、いろんな方面から、例へば親戚の誰彼とか、父の勤先の上役筋とか、或は母の関係してゐる婦人団体の役員仲間とかから、引つきりなしに候補者を突きつけられてゐた矢先であつたから、これも大して驚きはしなかつたが、話の起りやうが如何にも常例を破つてゐるので、十分彼の注意を惹いたことは事実である。しかし、そんなら、その友達の勧めに従つて、一度、それとなく「落ち合つて」みるといふことは、どうしても、小ツ恥かしくて、彼にはできさうもない。
「まあ、考へておかう」
 で、その安藤は一旦帰つたのであるが、その後手紙でまた決心を促して来た。
 ――僕の話しやうが不味いからではないかと、直接には女房から、だから間接にはむろんH嬢から、僕は不信任状を突きつけられ、相当面目を失ひかけてゐる。なんか、はつきり、当人が納得するやうな返事をして貰へまいか……。
 彼は、そこで、かういふ意味の返事をした。http://tomiget.com/NYTA3/

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