トップページ > サービス/メニュー > カテゴリーなし > 偖て誠信の以て厭世に

偖て誠信の以て厭世に

偖て誠信の以て厭世に勝つところなく、経験の以て厭世を破るところなき純一なる理想を有てる少壮者流の眼中には、実世界の現象悉く仮偽なるが如くに見ゆ可きか、曰く否、中に一物の仮偽ならず見ゆる者あり、誠実忠信「死」も奪ふ可らずと見ゆる者あり、何ぞや、曰く恋愛なり、情は闘争すべき質を以て生れたる元素なれども、其恋愛の域に進む時は、全然平和調美の者となり、知らず知らず一女性の中に円満を画かしむ、情人相対する時は天地に強敵なく、不平も不融和も悉く其席を開きて、真美の天使をして代て坐せしむ。少き思想の実世界の蹂躙する所となる事多し、特に所謂詩家なる者の想像的脳膸の盛壮なる時に、実世界の攻撃に堪へざるが如き観あるは、止むを得ざるの事実なり。況んや沈痛凄惻人生を穢土なりとのみ観ずる厭世家の境界に於てをや。曷んぞ恋愛なる牙城に拠る事の多からざるを得んや、曷んぞ恋愛なる者を其実物よりも重大して見る事なきを得んや。恋愛は現在のみならずして、一分は希望に属する者なり、即ち身方となり、慰労者となり、半身となるの希望を生ぜしむる者なり。夫れ厭世家は此世に属する者とし言はゞ名誉にもあれ、利得にもあれ、王者の玉冠にもあれ、鉄道王の富栄にもあれ、一の希望を置くところあらざるなり、故にこの世の希望と厭世家とは氷炭相容れざるの中なる可し。然るに恋愛なる一物のみは能く彼の厭世家の呻吟する胸奥に忍び入る秘訣を有し、奇しくも彼をして多少の希望を起さしむる者なり。情の性は沈静なるを得ざる者なり、其の一たび入るや人の心を攪乱するを以て常とす。http://www.ejugyo.net/

ページトップへ戻る
Copyright(C) 朝焼けは雨、夕焼けは晴れ All Rights Reserved.